書評 共産党宣言 まんがで読破

かなり長い間、貧富の格差が生じている世界が続いていて、その格差は益々広がりつつある。貴族VS庶民、資本家VS労働者という様に。そして、圧倒的多数の貧困層が「どうしてこの様に同じ人間で格差があるのだ。働けど、働けど、暮らしは豊かにならない。」という思いになり、資本主義という社会システムにその要因を求めた人々が描いた一つの処方箋が共産という考え方だ。

いつの時代も現状の問題点を改善しようと考える人がいる。そう人たちの中から理想的な世の中を生み出す思想が生まれる。頭の良い素直な人は理念を信じて突き進む。頭の良い悪い奴はそれを悪用して権力を得て支配しようと試みる。

何が正解かわからない世の中、今日正解でも明日はそうじゃないかもしれない世の中で、これが普遍的に正解と言っている時点で怪しい気がする。

しかし一方で共産主義思想が本当に実現したら良いが現実的には無理と思った人間が一定数以上いるならば、イノベーションはその実現に向かって進む可能性はある。それも急速に。

書評 AI VS 教科書が読めない子どもたち

AI=人工知能に関して、何をビビるべきかを正確に把握することができる本である。AIはあくまで道具であり、設計上は数学だからできることには制限があるが、大幅な生産効率の上昇が見込まれる。特にその効用として「一物一価の迅速な成立」、「情報の非対称性が生み出す売り手側の優位性の喪失」、「より参加者の多い価格の決定プロセスの確立」によって、多くの企業が利潤を失う。

一方で読解力のレベルが恐ろしく低いことが示されている。恐らく、この本を読める様な人は読解力は高いし、読解力の高い人に囲まれて仕事をしているから違和感を持つだろうが、実際はかなりアホが多いという事実だ。

だから、著者はAIで失業した人が大勢いる一方で、AIを使って生み出さられる新しい仕事に読解力が低いために就けない人が大勢溢れかえる世の中が到来する可能性があると述べている。

AIの先行きに不安を感じているならば、今の世界での問題点を見つけ出し、問題を解消するために起業すればAIとデジタルが味方をしてくれる。つまり、安く始めることができる。起業のリスクが低いということだ。小さくても、需要が供給を上回るビジネスを見つけることができたらAI時代を生き残ることができるのだ。

やはり、ここでも起業をすべきだということだし、その理由の一つはコスト、リスクが大幅に下がっているからだ。

書評 リア王 まんがで読破

リア王はシェークスピアの代表作。人が権力や富を得るための権謀術数が描かれており、最後は誰もが痛みを被っており、なぜか笑えてくる。

いつの時代も権力を求めて殺し合いまでしてしまう人が何パーセントかいる。そして、それは客観的に見ると笑えてくる。

結局のところ、勝つものは多くの者に利益をもたらすことのできる人なのだろう。

作中描かれている女性達の一人の男性をライバルの女性を蹴落としてでも我が物にしたいという感情は男の私には理解できない。理解しようなんて大それことは思わない、なぜなら恐らくどこまで考えても理解できない様な気がするからだ。優秀な遺伝子を得ようとする女性特有の本能を理解することはできないのだ。

ついつい忘れがちだが、男性は女性を理解できないことがあるということを知っておくべきだ。

書評 テクノロジー思考 

この本は素晴らしかった。

特に、豊かになった現代人類が世界共通に苛まれる二大プロブレム、すなわち「暇」と「孤独」であるという一文は、私の思考と同じであり、私が商売をする上で強い支えとなった。一気にマーケットが開く感覚を得た。

明日の予定を立てることができたなら、未来を作ることはできるし、より良い明日にするのと同じ様に、自らの手でより良い未来を作れるのだ。

また、起業のリスクが物凄く減っているのだから、できるだけ多くの起業をすれば良いのだ。それは、ナンパに似ていると私は思う。ナンパは成功するなんて思ってやってたら、メンタル的にきつくてできない。ナンパのできない奴は、思考が成功ありきで謂わば自分に期待し過ぎなのだ。自意識過剰なのである。自分も最初はそうだった。しかし、あんなのは確率論だから数打ちゃ当たるのであり、営業も同じところがあるし、起業も同じなのだろう。数打ちまくって当たったものを大切にすれば良いのだ。

今、起きているのテクノロジーを枠の外に広げていく作業。あらゆるものがネットと繋がる世界へと再編されていく。世界が塗り替えられる今、起業のチャンスを見出すべく、多種多様な本を大量に読むべきなのだ。

この本でも成すためには勇気と行動が重要であると感じるのだ。

書評 神 曲  まんがで読破 

まんがで読破シリーズは最高に好きだ。正直、古典の名作は長いし戯曲みたいな書き方だと私の頭脳レベルでは読みづらい。漫画だとイメージしやすいし、登場人物が漫画でもわけわからなくことが多いが巻頭の登場人物を見直せば整理できる。

そのまんがで読破シリーズでも最初に読んだのは、ダンテの神曲だ。この作品は、欧米の経営者の愛読書ランキングなんかでもよく上位に顔を出すし、欧米の映画の中でも時々引用されている。キリスト教の文化圏を理解する上で読んでおく必要のある1冊だと思う。

地獄篇では、人々が現世で行う罪の動機が過去から現在に至るまでそれほど変化はないことがよくわかる。具体的には、富への欲求、性への欲求、権力への欲求、怠惰への欲求、それらを得るがために行った中で、裏切りが最も醜悪なものとして捉えられたことがわかる。キリストを裏切ったユダが一番重い罪を受けている。

煉獄篇では、高慢さや嫉妬という罪にまでは及ばないものの、人間の持つ醜悪な感情がやはり当時も忌み嫌われていることがわかる。

天国篇では人間の良しも悪しきも根源は愛にあり、故に愛は取り扱いが困難であり歪んでしまうと罪にまで至ることを知る。そして、その全てを包括するのもまた、神=宇宙の愛であることを知る。この当時から宇宙的発想があることに驚く。この点の感性は、今よりも余程優れているように思える。宇宙的な視点で地球、地球で営む人々を見る視点を持ち合わせているところが、キリスト教の奥深さなのだろうか。今の私にはそれを確信する能力も経験もない。

余談だが、釈迦が愛さえも含めた欲求そのものを定義して、客観的に捉えたところも、また、面白い。

書評 サードドア-精神的資産の増やし方 

サードドアとは、成功に繋がる3つ目の扉を意味する。

1つ目の扉が、所属する社会から自然にそうだと思わされている成功への道に繋がる扉。例えば、日本なら、学歴をつけて良い会社に入るか医者になるか一流の資格を取るか、スポーツなら甲子園に出て活躍してドラフトで指名されてプロになってレギュラー選手になる扉。この扉への道は競争相手が物凄く多くて長蛇の列が出来ている。

2つ目の扉が、VIP専用の扉。金持ちや権力者の家庭に生まれた者のみが通れる道に繋がる扉。日本なら例えばOB枠で慶応幼稚舎に入ったり、中学生の頃から海外留学してスイスのボディングスクールに年間1000万円の授業料を6年間払って、国際バロレアを取得して欧米の大学に進学してスーパーエリートとして活躍する人ととか、親の威光で芸能界入りしている人、ボンクラなのに親が社長だから社長になっている人など。

3つ目の扉が、1つ目の扉に向かう途中で、立ち止まって「待てよ。他にも道あるんちゃうかあ?」と自分の頭で考えて他の道を模索することで見つかる扉。ただ、立ち止まって考えるところまでは、結構みんなやっているし、その扉も朧げながらなんとなくは見つけている。ただ、行動ができない。勇気がないというか、俺から言わせれば、ビビりすぎなんだけどできない。何故かというと、立ち止まって考えている理由が、1つ目の扉に向かう競争の中で負けを予測しちゃったからで、一種の逃げ、挫折感、自信の喪失感を持ち合わせた状況で、「俺こっちなら行けるかも。でもな・・・」となり躊躇することになる。だから、実は1つ目の扉である程度、勝ち癖みたいなものはつけとく必要がある。実際この著者も大学で医者を目指していて、クイズ番組で勝つのだから、一般レベルからしたら随分と優秀な頭脳を持ち合わせている。

実際、1つ目の扉への道で競争を行うことは基礎的な能力を鍛えて身につける上で物凄く効率的である。私はまずは1つ目の扉への競争に勝つためにやれるだけのことを行なって、それで勝てれば、そのまま行けば良いし、やっぱりトップに行けないなと思ったら別の扉を目指して良いと思う。限界まで挑戦した時には大抵の奴には勝てるし、それでも勝てない奴は、その多くがもっと努力していて、自分よりももっと負けることを恐れているか、もっとそのことをバカみたいに好きかどちらかだということを知る。

私は3つ目の扉は、自分が本当に負けたくないと思える分野に出会えるか、バカみたいに好きだと思える分野に出会えた時に見つけれると思う。

私からすると著者は、成功者の最初の一歩を成功者本人から聞き出すことに取り憑かれたから、行動できたと思う。そして、その行動にはこれまでの1つ目の扉を目指す上で行ってきた訓練が大いに役立っている。